それでも言語化
言葉を尽くしても伝わらないものは伝わらないし、思考を言葉にする課程は無駄が多い。
それでも、やはりというか、言葉にする意味はある。
まず、人に伝えなくても自分の理解の助けになる。あえて言葉に表してみることで、理解の甘かった箇所が見えてきたり、新たな疑問点が浮かんできたりする。昔から人に教えることが自信の勉強になるとはよく言われている。ある分野について語彙をどれだけ持っているかは、その人の理解の度合いの指標にもなる。
次に、トレーニングとしての意味合い。言葉が不完全だとしても、言葉抜きにはコミュニケーションがとても限定されてしまう。昔のサイレント映画や、パントマイムみたいになってしまう。人に伝えたいことがあるのなら言葉は選ぼう。そのためには、言葉の使い方に習熟しておく必要がある。
言葉も、それ以外も、どちらも大事だよ、とありきたりな結論です。
それでも、そのことに自覚的であるかどうかは大きな違いです。